国の一般歳出予算に占める農林水産予算の割合は、1980年は11.7%あったのに、今や3%台です。国民1人あたりの農業予算として見れば、日本は米国やフランスの半分、韓国の3分の1でしかありません。
言い換えれば、それだけの厚い保障があって米国の農家は競争力をつけ、日本にも輸出を押しつけてきました。際限なき輸入自由化を、日本政府も当然のごとくに受け入れてきたことが、食料自給率の低下と農家の苦しみの根源にあると思います。
政府が言う「食料安全保障」のなかには、不測の事態が起きたらイモをつくれというものまであり、いつの時代に戻す気なのかと多くの農家は困惑しているはず。国民への食料の安定供給と、再生産できるだけの価格保障・所得補償が充実してこそ、安全保障の名にふさわしいと言えるのではないでしょうか。
昨年3月に、道農連が主催の「緊急全道農民集会」で悲痛な訴えがありました。「資材高騰に加え、揚水ポンプの電気料金が1.6倍。農家の賦課金も限界で、国からの支援がなければ離農者が出てしまう」「かつて集落に20軒いた酪農家は今や2軒。赤字が大きく膨らんで、赤字の積み立てか離農かの二択が迫られている」-ーというものでした。
約1年が経っても、状況が好転しているわけではありません、しかし、このようなリアルな実態の告発や運動があってこそ、政府も動かざるを得なくなります。食料生産を市場任せや農家の自己責任でなく、国が責任を果たすべき時に来ているのではないでしょうか。
大生産地である北海道で「食と農を守れ」との声を、さらに広げていきたい。私も力を尽くします。
【今日の句】まだ2月なのに この気温はなんだ
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