2025年5月17日土曜日
目を向ける先が違うのでは
2025年5月16日金曜日
分断ではなく連帯の力で
2025年5月15日木曜日
不安の声に政府は向き合え
2025年5月14日水曜日
希望がもてる国政・県政へ
今日は茨城県で高橋誠一郎選挙区予定候補・江尻かな県議と、JA訪問・懇談や県後援会総会へ。県政の課題や各地の取り組みもたっぷり学べて、新たな意欲も湧いてきます。大学時代の恩師も来てくださり、感謝でいっぱいです。
県JA訪問で驚いたのは、調理や展示ができる応接兼用の部屋があること。ここから消費者向けのSNSも発信しているそうです。写真では、わかりにくいかもしれませんね。話題は米作を中心に、基盤整備やトランプ関税にも。JA全中と農政連は昨日に政策推進会議を開き、これまでの日米協定を超えないよう要請するとしています。農業を犠牲にする愚を、繰り返させるわけにはいきません。
北海道の農協訪問は多かったものの、他県での訪問・懇談は新鮮でした。新たな学びもありました。
県後援会総会は、会場いっぱいになるほど県下から足をお運びくださり本当にありがたい。いつもハツラツとした高橋さんの訴えに、激励の大きな拍手が寄せられました。私も励まされました。各地の発言からも、学ぶことが多い。初めに発言されたのは、定数2の市議補選で石嶋候補がトップ当選を果たした筑西市から。いっそう大きな拍手が起きました。
前回の選挙で議席を減らし、党派を超えて「共産党の議席は複数ないと」と、激励や支援が広がったといいます。それでもトップ当選とは、さらなる期待が寄せられた結果に違いありません。農家でもある石嶋候補に、米など物価高騰への対策を求める声が集まったのではと思います。ちなみに石嶋さんは田植えのために今日は欠席との発言に、笑いや共感の拍手も。
江尻県議と党政策委員長でもある高橋さんの県政報告は、できたばかりのパンフレットも使って圧巻の報告。茨城県は参院選後に知事選・県議補選がおこなわれますが、すでに争点は明確です。知事みずからのパワハラが報じられ、「西の兵庫、東の茨城」と言われるほどとか。すべてが起因するものではないにせよ、県職員の早期退職が80人で、うち20〜30代が60人を占めるというのは深刻です。
国政追随の地方政治では、住民の負担増や閉塞感は増すばかり。国政も地方政治も日本共産党の出番だと確信にして、私も元気にがんばりたい。明日は群馬県です。
【今日の句】ぐいぐいと 展望の道 示したい
2025年5月13日火曜日
あらためて資本論を指針に
今日は学びの日。民青同盟が開いた志位議長の学生オンラインゼミ「いま『資本論』がおもしろい」です。こちらで視聴できますよ。
米国では新しい英語版が発刊されるなど、新たな注目が広がっている「資本論」。私も学生のころにチャレンジしましたが難しく、いろんな方とも読書会をおこなったものでした。志位さんは「資本論」の構成や特徴に、現代社会に引き寄せて搾取の仕組みを明らかに。特に過労死したトラックドライバーの例は、若い世代にも驚きだったと思います。
世界と日本における「貧困と格差」の拡大も、あらためて理論的に学ぶことで、今後の活動の指針にも。社会主義・共産主義の社会も、頭で描いた空想的なものでなく、今の社会と地続きだと再確認です。
今は参院選に向けて全力ですが、選挙で活動が終わるわけではありません。私たちの前の世代が新しい社会への準備を進めたように、今度は私の世代が、次の世代へつないでいかないと。
明日からは北関東をまわります。
【今日の句】学生に 戻った気分で 知は力
2025年5月12日月曜日
地域の苦難に応える政治を
2025年5月11日日曜日
「人間らしい生き方を」の思いは今も
今日は函館市で「春を呼ぶ女性のつどい」。私からは、治安維持法で弾圧された函館の女性の運動に触れながら、その熱い思いが脈々と続いて日本社会を変えてきた一端を紹介しました。各地のたたかいの歴史に、私自身が励まされます。
実行委員会のみなさんが準備くださいました。宮内しおり道選挙区予定候補と私からの話に続き、人柄を掘り下げる一問一答や、本間勝美地区委員長が大役を果たした寸劇などで会場は大盛り上がり。党市議団(市戸ゆたか・紺谷克孝・富山悦子)も一言ずつスピーチがあり、25年かけて要望してきたスケボーパークが5月に開設したとの報告には大きな拍手。市民の声の高まりと、粘り強い日本共産党の論戦による成果です。
函館市では「函館市史」「道南女性史」など、市民の手で積み上げてきた蓄積があります。今日の演説で紹介しようとコツコツ読み進めるなか、電話交換手だった菅野キクヱさんら女性5人の活動を知りました。
通信技術の発展とともに、職場は労働強化が進みます。「函館新聞」の「女の職業シリーズ」では、「司法からの監視づきの状態は緊張の連続であった。1時間に10分の休憩時間、生理ともなれば悲劇だ⋯⋯トイレの数が少なくて用を足さないうちに時間が来てしまうことも珍しくなかった」とありました。そこで労働組合をつくった菅野さんら5人は、交渉を通じて休憩時間5分延長やトイレ増設などを勝ち取ります。結びつきも広がるなか1933年、治安維持法違反で起訴された5人が釈放されるまで2年もかかりました。
組合をつくり職場を改善しただけなのに、執行猶予付き懲役2年の判決が出され、釈放後も特高警察に監視され続けたといいます。お1人は自殺するに至りました。どんなに悔しい思いをしたことでしょう。
しかし、職場では「人間らしい生き方を」と声をあげた5人の思いは残り、1943年に交換手を中心に職場合唱団がつくられます。その時に指導者となったのが井上幸子さん。井上さんは終戦時に、次のような私記を残しています。
「その夜は重苦しい暗幕がとりはらわれ、あかるく輝く電灯のもとで、長い間うたうことを禁じられていたインターナショナルを夫と2人、ピアノを叩いて思いきり歌った。久しぶりに味わう解放感だった」
井上さんは戦後に日本共産党に入党し、音楽の世界では函館トロイカ合唱団の創立・指導にあたるなど、函館の音楽運動に生涯を尽くしました。函館市文化・スポーツ振興財団のHPに、その記録が刻まれています。なお、パートナーの井上一氏さんは初の日本共産党・函館市議会議員となっています。
菅野さんら5人の労働組合は、特高警察によってつぶされてしまいました。しかし、多くの女性に共感と新たな運動の「種」を広げ、今日までの女性解放・ジェンダー平等へと結ばれてきました。菅野さんらに今の時代のことを伝えたいという思いに駆られ、今日の演説で紹介したということです。歴史にはジグザグがあるけれど、前へ進める力は国民の要求と団結です。しかし、女性というだけで差別や弾圧も受けてきた時代に、女性が声をあげることがどれだけ大変だったことか。さらに歴史を前へ進めるためにも、日本共産党を大きくしてほしいと呼びかけました。
街頭トークにも取り組み、若い世代がチラシを受け取っていく姿も目につきました。32歳の宮内さんの呼びかけに、関心をもった方も多いと思います。いっしょに私も元気よく、必ず社会は変えられると広げていきたい。
【今日の句】この願い 世代を超えても 引き継いで