2024年2月10日土曜日

軍事費より防災予算を

 今日は釧路市の党と後援会「新春のつどい」へ。20代のころにお世話になった町の温かさは今も変わらず、交流とともに「今度こそ議席の回復を」との熱い思いを確認しあったのでした。

 つどいには来賓として立憲7区総支部長・篠田奈保子さん、新社会党釧路支部長・横田厚さんが見えられ、あいさつもいただきました。早く自民党政治を終わらせるため、いっしょに世論を広げていきたい。

 日本製紙やアイスホッケーチームの撤退など厳しいニュースが続いてきた釧路市ですが、釧路製作所が宇宙産業に参入など、地域に根づいた中小企業が町を盛り上げています。農林漁業や観光関連も、引き続き主要産業です。

 二次医療圏の中核都市でもあり、医療・介護・福祉の充実は釧路管内にとっても欠かせません。コロナ禍を通じて、地方都市で安心してくらせる土台の再建が必要だと特に痛感してきました。能登地方で起きていることは、北海道でも共通することが多くあると思うのです。

 釧路市など道東地方の太平洋側では、日本海溝・千島海溝での大地震が発生する確率が高いと言われています。避難タワーなどの建設には時間やお金がかかるし、自治体任せにしないで国が役割を発揮するべきです。

 軍事費に膨大な予算を注ぐより、防災や社会保障を最優先とする日本にしましょう。裏金にまみれて国民生活に責任を負わない政治は、早く代えなければ。

 つどいはマジックショーや福引きなどで盛り上がり。私が引いたくじで、合唱団でお世話になった方が当たるという驚きも。楽しいひと時でした。

 【今日の句】美しき夕日も 変わらず茜色

2024年2月9日金曜日

丹念な調査ができるのは

 今日は岩渕友参議院議員の調査に同行して、苫小牧市へ。国会にCCS事業法(二酸化炭素の貯留事業に関する法律)案が提出される見込みで、実証試験センターで概要を聞くことなどが目的です。天気もよく、何よりの調査日和でした。

 たつの広志・道9区予定候補も同行し、党苫小牧市議団(小野寺幸恵・原啓司・冨岡隆・森本健太)が案内してくださいました。日本共産党が丹念な調査ができるのは、地方議員の存在が大きいのです。

 二酸化炭素の分離・回収、圧入や貯留、モニタリングなど実用規模での実証を目的に、苫小牧では2012年度から設備が建設されました。2016年度から圧入を開始し、2019年11月には目標としていた累計圧入量30万トンを達成しています。今は安全性を担保するためのモニタリングなどを実施しています。

 国として、2030年までの事業開始をめざしています。そのためには法律の裏付けが必要です。安全性やコストはどう見たらいいか、住民や漁業者との利害調整はどうするのか、そもそも石炭火力発電などを温存して大量の二酸化炭素を排出し続ける前提でいいのかなど、いくつかの論点があるわけです。

 センターでは、実際の貯留方法などの説明を受けました。気候危機に関心のある方だけでなく、国際団体や関連業界からの視察などが増えているそうです。調べたら、ドイツでも新たなプロジェクトが始まるなど、気候危機対策の一環としての取り組みは広がってきています。

 岩渕議員はこの後に、市や漁協からの聞き取りもおこないました(私は漁協との懇談に参加)。これまでの実証事業でも漁業者との協力は欠かせませんでしたし、推進と規制とのバランスを行政として担保できるのかも大事な点だと思いました。私は国会審議にかかわるものではありませんが、北海道で役に立てるようなことは力を尽くします。

 入党の呼びかけをすることで江別市に移動したのですが、急きょ「語るつどい」となり、いろんな質問に答えながらの会になりました。金権腐敗、物価高、低い食料自給率、大軍拡など、岸田政権への不満とともに「どうすれば変えられるか」という模索の問いも多くありました。

 以前に入党された80代の女性が、友人とともに参加してくださいました。「この年になって何ができるかと思ったけど、学ぶとスッキリして前より元気になりました。本当に共産党に入ってよかった、もっと早く声をかけてくれれば」との嬉しい一言も。どんな年齢であっても学んで人は成長できるものと、背筋が伸びるようなお話でした。私もがんばります。

 【今日の句】裏金は 貯めこまないで 全容を

2024年2月8日木曜日

これほどの理不尽を許せるか

 国会質疑を通じて、裏金だけでなく統一協会との接点まで明らかになってきました。こんな滅茶苦茶な自民党政治を許せますか。企業・団体献金は全面禁止を、裏金づくりに関与した政治家全員の証人喚問を、そして統一協会との政策協定にサインしていた盛山文科相は罷免を! 街頭での訴えにも力が入りました。

 裏金問題も統一協会との接点も、まったく事実や真相が明らかになりません。岸田首相自身に事実を明らかにする姿勢はないし、自民党全体で当然のように続けてきた裏金システムや統一協会の選挙支援だったのですから、自浄作用も期待できません。

 裏金はいったい何に使ったのか、政治活動なのか雑所得なのか、判然としないものばかりです。「不明」と多く書かれている訂正報告書もあるといいますが、そんな記述は確定申告では通用しません。こんな理不尽を放置し、認めるわけにはいかないのです。

 新たに浮上した、盛山文科相が統一協会から推薦を受けていた問題も曖昧にしておけない。解散請求の責任を負う文科相が、統一協会から支援を受けていたなんて悪い冗談にもなりません。一昨年には山際大臣を更迭して今回は不問にするとなれば、岸田首相の任命責任がいよいよ問われます。

 国民的な政治不信が広がってしまうことは、なんとしても食い止めたい。野党が本気で政治を変える姿勢や政策を、こういう時こそ示すとき。自民党政治を大元から変えようと呼びかける日本共産党が、どんどん前へ出ていかねば。私もがんばります。

 【今日の句】何もかも 訂正1つで 済むものか

2024年2月7日水曜日

北海道の政治家だからこそ

 日魯通好条約が調印され、択捉島と得撫島の間を国境とした2月7日を、政府は「北方領土の日」としています。その後、樺太・千島交換条約によって占守島までが日本領として確定しています。日本共産党が、全千島列島が日本領と言っている根拠はここにあります。

 いずれにせよ、政府が求める「北方領土」(国後島・択捉島と北海道の一部である色丹島・歯舞群島)は同じく返還対象ですから、根室市はじめ各地の返還運動には日本共産党としても参加してきました。今日の都内での全国集会にも、紙智子参議院議員が参加しています。

 故郷を追われ、家も墓も領土も奪われた歴史を、放置しておくわけにはいきません。元島民には時間がありません。日本が国際社会に訴える根拠は、何度でも確認しておきたい。

 第2次大戦において、連合国側は「領土不拡大」を原則にすることを宣言していました。しかし、ソ連が対日参戦の条件として「千島列島の引き渡し」を求め、米英が応じたのが「ヤルタ協定」でした。1951年のサンフランシスコ条約も、この延長線上にたった米国の要求を、日本が受け入れてしまったのでした。

 サンフランシスコ条約と言えど道理と国民世論によって、沖縄の本土復帰も実現しました。日本政府が戦後処理の不公正を正面から批判し、サンフランシスコ条約の千島関連条項を廃棄・無効化する立場を明確にせよと、日本共産党は訴えてきたのです。

 実際の返還は、色丹島と歯舞群島の「2島返還」が先行することはありえます。その際も中間的な条約として位置づけて、平和条約の締結は領土問題が最終的に解決した時点に結ぶべきです。現状ではロシア国民が住んでいますから、一定の移行期間的なものが必要になるかもしれません。

 外交には道理と事実が欠かせないのに、安倍元首相は事実上「2島返還」に舵を切り、それでいながらプーチン大統領は「領土問題は存在しない」と言ってのけました。私が国会で質問したとき、安倍氏は「このままでは一歩も進まない」と妥協を正当化する答弁だったと思います。

 ウクライナにも侵略しているロシアに、道理が通じるかとの疑問も寄せられます。しかし、軍事力で国際秩序が壊されることを許していいのか。領土拡張の大国主義・覇権主義を、国際世論で包囲する外交努力を尽くすことだと私は思います。

 領土問題は国の主権にかかわる基本だし、北海道で活動する政治家として、世論喚起の一翼も担わなければ。長文で恐縮でしたが、しっかり発信していきたい。

 【今日の句】日本こそ 道理と事実の 外交を

2024年2月6日火曜日

大元から変える党の議席を

 昨日、衆院道11区(十勝管内)に佐藤耕平・元中札内村議が立候補すると表明しました。私も心ひとつに、今度こそ比例議席の回復へと全力を尽くします。自民党に日本の未来を任せられないし、大元から変える日本共産党の議席を増やしてほしいと訴えていきます。

 耕平さんには、私が初めて立候補した2007年・参院選で、選挙期間中に秘書を務めていただきました。その後は苦労を重ねながら地方議員を務めた、心やさしく熱き思いをもった政治家です。今回の立候補表明を、心から嬉しく思います。

 これで北海道での小選挙区予定候補は5人となりました(3区・伊藤りち子、6区・おぎう和敏、8区・本間勝美、9区・たつの広志)。全選挙区への擁立が原則ですが、共闘の対話を閉ざしているわけではありません。しかし、共闘の大義や共通政策などなしに「候補の一本化」では、有権者から「数合わせ」と見透かされてしまいます。

 これまで「市民と野党の共闘」は、確かな成果をあげてきました。同時に、共闘への攻撃には、野党が力をあわせて反撃することが必要だとも痛感してきました。共闘の大義や、魅力ある政策・政治の姿を堂々と示すことが大事です。

 あわせて日本共産党が伸びることこそ、共闘の再構築につながると訴えたい。私を含めて21議席・野党第2党へ躍進した2014年、ずばり切り込む質問などで党は大きな存在感を発揮しました。その日本共産党が「市民と野党の共闘」へ舵を切ったことは、政権側には間違いなく脅威になったと思います。

 裏金事件で自民党が国民的信頼を失っている今、自民党政治を終わらせる世論と国民運動の高まりが、共闘を前へ進める力になるはず。市民の声の高まりは、政治を変える何よりの力だからです。草の根での国民的大運動を広げるために、私も力を尽くしたい。

 今日は道原水協が中心になっての「6・9行動」。日本政府が核兵器禁止条約の批准をと署名を呼びかけました。嶋田千津子事務局長は、小樽港へ米艦船が入港したことに触れて、日本に核兵器を持ち込ませないことも強調しました。

 足を止めた学生に話を聞くと、ちょうど大学で平和に関する講義を受けて、実際に運動している方から話を聞いてみたかったとのこと。中学生のときに、地元の日本共産党議員と話したことがあったといいます。大学の講義など終わったので、母の故郷の石川県にも行きたいとのことでした。

 こうして結びつき、世論を広げてきたからこそ、核兵器禁止条約も発効につながりました。私もしっかり声をあげていきます。

 【今日の句】情熱と やさしき心 十勝から

2024年2月5日月曜日

軍港化を許さず

 米艦船ラファエル・ペラルタが小樽港へ入港し、「小樽港を軍港にするな」と抗議の集会に参加しました。丸山はるみ道議・党小樽市議団も参加し、すぐ近くで同じく抗議行動をしていた社民党・新社会党さんともエール交換。軍事利用を常態化させてはなりません。

 札幌の雪まつりにあわせ、親善と友好を目的とした米艦船の入港が、くりかえし行われてきました。ところが今回は「通常入港」が目的です。

 横須賀海軍施設に配備されている艦船が「通常入港」とは、訓練などの一環ということではないのか。昨年の苫小牧港入港のように、軍事利用の実績づくりにつながるものになります。

 これまで米艦船が入港するたびに、港湾管理者である小樽市長は、核兵器搭載の有無や可能性について日本政府に確認を求めてきました。決まって外務省は主体性なく「核兵器搭載はされていないもの」と判断し、今回は「同船に搭載能力がない」のだと回答しています。

 集会のなかでは、非核神戸方式に触れたスピーチがありました。神戸港に寄港する艦船に、核兵器を搭載していないとの「非核証明書」提出を義務づけるものです。全国の自治体や港湾管理者にて実施できれば、「核のない日本」へ大きな前進になるはずです。

 岸田首相の大軍拡路線や、自衛隊と米軍との一体化など、戦争できる国づくりが進むなかでの今回の入港です。歓迎できるようなものではありません。平和への思いを込めた、抗議のシュプレヒコールが小樽港に響きました。

 軍事力の強化より、外交力の強化を。ASEANのような「対話の習慣」を北東アジアにも広げる、日本政府のイニシアチブを。平和憲法を活かした政治にと、くりかえし私も訴えていきます。

 【今日の句】軍拡の道に 希望は見えるのか 

2024年2月4日日曜日

私も歩みを止めず

 大激戦だった京都市長選挙。福山和人候補は一歩届かずも、新しい政治をとのうねりは間違いなく広がりました。福山候補はじめ京都のみなさん、本当におつかれさまでした。確信を力に、私も北海道でがんばりたい。

 今日は北広島市と千歳市で、党と後援会の「新春のつどい」。両市とも小選挙区は道5区ですので、自民・和田義明衆議院議員が5年間で990万円もの不記載があったことに、ことさらの驚きと怒りが次々と出されます。

 何に使ったかは精査中とされ、まだ訂正もしていないといいます。それでいながら、その公表をしたホームページ上の内容がすべてだとして、記者会見の予定もないとのこと。岸田首相が説明責任を果たさせると言っていたのは、何だったのでしょうか。

 そもそも安倍派だけでも、5年間で約6億8000万円もの不記載がありました。単なる記載ミスで済むような金額ではありません。業者は1円単位で申告するというのに、これほどの金額を訂正すれば済むということでいいのでしょうか。怒りが収まりません。

 怒ってばかりでなく、楽しく元気に声をあげていきたい。北広島市では福祉会のみなさんによる元気な太鼓演奏に大きな拍手が起き、千歳市では後援会員さんの寸劇に笑顔が広がりました。「青春時代」の替え歌「年金時代」は、年金生活者の苦しみを吹き飛ばす熱唱でしたよ。

 千歳市では昨年に佐藤仁さん、先日に高津直生さんの元市議お2人が亡くなられました。いつも親身で、やさしく接してくださったお2人から学んだことは、本当に多かったのでした。安心して託してもらえるほどの私になれたかと、いつも自問自答です。

 児玉健次・元衆議院議員はじめ、この数年で多くのお世話になった先輩議員・先輩党員が亡くなられています。自分をひけらかすことをせず、国民へ献身的に、そして党を支え続けてきた姿を忘れないで、私らしく歩みを止めずにがんばっていきたい。

 【今日の句】つながれば 必ず福が やってくる