2014年3月5日水曜日

つまり首相は、法治国家を放棄する

 小松法制局長官が「安倍政権の番犬」と指摘されたことに立腹してるようですが、問題は「憲法の番人」という役割を本当に果たしているかということ。それだけ安倍政権の暴走がひどい、ということではないでしょうか。

 昨日、小池晃参院議員が集団的自衛権について「日本が武力攻撃を受けていない時にも、武力行使を可能にすることか」と質問し、安倍首相は「そういう定義だ」と認めました。

 安保法制懇での議論を待っている、とも安倍首相は答弁しましたが、この間の言動を見れば集団的自衛権の容認へ首相みずから進んでいることは明らかです。

 そこで小池議員は、何をもって追及したのか。

 ①これまでの立法は、どうだったか。

 アフガニスタン戦争(01年)、イラク戦争(03年)に自衛隊が派遣される際には、特別措置法がつくられました。

 しかし憲法九条があるもとでは、武力行使はできません。

 実際に、旧テロ特措法にもイラク特措法にも、武力行使はしないと書かれています。

 戦闘地域にも(建前上は)行かないのですから、武力行使の可能性もなかったわけです。

 しかし首相は、その可能性も含めて検討すると言っているわけで、今までの政府見解とも180度変わることになります。

 180度も考え方が変わる、憲法の解釈などできるのか。

 ②憲法の規範性が、崩されるのではないか。

 このように便宜的に憲法を解釈することを、これまでの自民党政権下では否定していました。

 例えば「政府が自由に憲法の解釈を変更することができるという性質のものではない」(04年の閣議決定)。

 コロコロと解釈を変えれば、憲法の存在が軽くなる。

 規範性が崩れてしまう、ということです。

 もし見解が対立する問題があれば、本来は憲法改正の議論を進めるのがスジだと小泉元首相も答弁していました。

 護憲・改憲の違いはあっても、勝手な解釈で180度違う政策を実行することはありえないわけで、だから立場の違いを超えて、右のように批判的意見が広がっているのだと思います。

 ここまで説いても安倍首相は「まったく(解釈改憲の)可能性がないかといえば、そんなことはない」と持論に固執するばかり。

 なぜ解釈改憲が可能なのか、まったく示せていないと思います。

 しかも自衛隊が海外で武力を行使できるという根本的な大転換と、論理的な説明もない憲法解釈で進めていいのか。

 アジアだけでなくアメリカからも懸念の声が出るのは、安倍政権が法を無視しているからなのではないでしょうか。

 日本が法治国家であることを、放棄するようなものですよね。

 これで国際社会から、信頼されるのでしょうか。

 対話と協調が必要な時代に、このような外交政策は正しいのでしょうか。

 この問題をわかりやすく、広く世論に訴える取り組みを急がなければ、と思っています。

 【今日の句】 この首相 民主国家の 意味知らず

0 件のコメント:

コメントを投稿