野呂の墓は札幌市平岸霊園に、慰霊碑は生誕地である長沼町にあります。それぞれにおいて墓前祭と碑前祭がおこなわれ、私が党道委員会の代表として参加とあいさつ。碑前祭には、初めて長沼町教育長さんや農民協議会から中村委員長さんも来賓として参加くださいました。

日本の歴史に引き寄せた経済学をと自分なりにメモをつくり始めたのが、あの「日本資本主義発達史講座」刊行へとつながりました。党の運動に参加していない研究者とも手をつなぎ、日本の民主的変革という大きな線での一致があれば研究は自由にやってほしいと、野呂は口にしていたそうです。今の「市民と野党の共闘」に通ずるものがあると思いました。
1933年にスパイの手引きで検挙された野呂は、翌年2月19日に品川警察署での拷問によって病状が悪化し、戻らぬ人となりました。それでも彼は、雑誌社の質問に答えて「われらの日常は物質的にも、社会的にも苦しみそのものです。がしかし、この苦しみのうちにこそまたわれわれの楽しみがあるのです」との言葉を残しました。理論的にも人間的にも卓越していた野呂は、未来社会への「地続き」を自分のものとしていたのかと驚くばかりです。

党としても先月、綱領の一部改定をおこないました。野呂が築き上げた理論的到達点が土台になり、未来を示す党綱領が今日的な輝きを増しています。ウソと偽りの安倍政治を変えて、野呂も願っていた平和と自由・民主主義の日本にしていこうと、参加されたみなさんと心をひとつにしました。
そして19日は、安保法制=戦争法の採決が強行された日。総がかり実行委員会の集会が開かれ、私も参加しました。「桜を見る会」前夜祭はじめ、安倍首相のウソや偽りが次々と明らかになっているなか、やっぱり決め手は国民世論。政治は変えられるという展望が見えるように、私も語っていかねばとの思いを強めました。
【今日の句】理も情も感じぬ それが安倍政権
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