「平和の里 文化の森 矢臼別」での平和盆踊りは54回目。上着が必要な冷え込みでしたが、会場の熱気は夜中まで絶えませんでした。
反戦地主・川瀬氾二さんの遺志を継ぎ、今年もこの季節がやってきた--会場に着くと、いつもそのような気持ちになります。実行委員会が泊まり込みで準備をし、道内はもとより全国から平和を愛する方々が集って半世紀を超えたのです。
私は釧路教育大大学院の時代に、合唱団アンラコロに所属していました。平和盆踊りではステージ交流の時間があり、アンラコロも有志で参加していたことから私も平和盆踊りに足を運ぶようになりました。当時は川瀬さんもお元気でしたが、あれから20年も経ってしまいました。
前夜祭から交流が続き、4日がメインの盆踊り。私も連帯のあいさつを述べ、その後はステージで合唱や獅子舞など、まさに「文化の森」にふさわしいプログラム。「花いかだ」の際には私も最後にコール役で出演して、会場が「矢臼別にオスプレイいらない」「「安倍さん変えよう」などの声に包まれました。
松平晃さんのトランペットに合わせて花火が始まり、その後は参加者みんなで大きな輪になっての盆踊り。アピールのための仮装あり、手作り行灯やうちわもあり、この瞬間こそ「平和の森」を実感です。
まだまだ終わりません。21時からのステージ第2部も、合唱、スピーチなどなど続くのです。私も昔取った杵柄で合唱団アンラコロに「友情出演」。各テントでも交流が続き、矢臼別の夜は更けていくのでした。
花火が上がったときに「米兵も見てるかな」との声がありました。今年は県道越え実弾訓練の移転訓練が実施されている時でしたが、3日・4日は実弾演習はおこなわないとのこと。実弾は発射しなくても訓練は可能でしょうが、こういうことは初めてです。兵隊の前に人間として、この地で平和を願って打ち上げた花火を、どう思いながら見たでしょうか。
町道を通って川瀬牧場に入ります。まわりは演習場です。なぜか竹ぼうきがあるそうです(私は見つけられませんでした)。前の住人の渡辺佐知子さんが、自衛隊によって町道に土がかぶることから「町道をきれいにして」と要請したことから備えられているとのこと。竹ぼうきを置いている演習場なんて、日本で矢臼別くらいでしょうね。
平和のために積み上げた歴史を止めることなく、さらに前へ。矢臼別平和盆踊りに来ると、その思いを強くします。原爆投下、終戦の日と続く8月は、やっぱり平和についてしっかり自分のなかに位置付けたい。
【今日の句】搾乳は 平和な郷が あってこそ
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