2013年12月20日金曜日

この情勢だからこそ、レッド・パージの歴史を学んで

 よく「反共は戦争の前夜」との言葉を聞きます。暴走する安倍政権を前に、いまレッド・パージの歴史を学ぶ必要があるのではと強く思います。

 今日は「レッド・パージ被害者の名誉回復と補償を求める北海道懇話会」の世話人会。

 私も党北海道委員会の代表として、世話人の1人になっています。

 レッド・パージとは、戦後の日本が連合国軍総司令部(GHQ)の支配のもと、1949年~50年にかけて、労働運動が活発だった公務員や民間職場などで不当な解雇や免職処分を受けた事件です。

 日本共産党員やその支持者であるというだけの理由で、職場を追われたのです。

 その被害者は3万人にも。

 日本弁護士連合会(日弁連)も2008年と2010年の2度、被害者の名誉回復と補償などの措置を政府に勧告しています。

 GHQのもとでは超法規的な命令には逆らえなかった、との論調も聞きます。

 しかし最新の研究では、当時の日本政府が積極的かつ主体的にGHQと協同していたことが明らかになっています。

 それを詳しく論じているのが、写真の明神勲著「戦後史の汚点 レッド・パージ」。

 実は著書の明神先生(正確には明神ご夫妻)は、私が大学院生時代からお世話になってきた恩師でもあります。

 この研究の到達点をふまえ、日弁連も「日本政府も自ら積極的にその遂行に関与し、または支持して行われた」と指摘しています。

 被害者の多くは高齢化しており、人道的見地からも急いで解決されるべき問題です。

 このレッド・パージの後に、朝鮮戦争が開始されました、

 その前には、ドイツでも共産党が追放され、日本でも治安維持法のもとで共産党が弾圧されました。

 それが続けて、国民の自由と人権を奪う道へと続いていった。

 だから「反共は戦争の前夜」なのです。

 写真は右から、レッド・パージの被害を受けた加藤哲夫さん・舛甚秀男さん・岡実さん。

 懇話会の世話人でもある3人ですが、青春時代のまっただなかにパージを受けた3人でもあります。

 基本的人権を奪う点では、秘密保護法やブラック企業が横行する現在でも、似たような状況があると思います。

 この問題は一党一派の問題ではなく、民主主義の問題として重く受け止めるべきではないのでしょうか。

 地方議会での意見書、署名活動、学習会‥‥さまざまな具体化の議論をおこないました。

 この問題は、何より当事者として党が力を発揮すべきです。

 今日も議論した課題を、しっかり受け止めたい。

 夜には道庁前の抗議行動(77回目!)にも参加しましたが、やっぱり夜は冷えてきますね。

 スタッフのみなさんの奮闘に頭が下がります。

 原発ゼロを決断すれば、このような抗議もしなくてすむのに‥‥!

 【今日の句】 真実は 初め少数 のち多数

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