
戦争が終わっても父親は旧ソ連に抑留され、母と家族で夕張市に移ります。再び教師となるものの様々な矛盾を感じるなか、1960年に安保闘争のもとで日本共産党に入党されました。教職員組合運動や新日本婦人の会などで活動の幅を広げ、その後は国政選挙に5回挑戦。いずれも善戦・健闘の結果でしたが、その信頼は確固としたもので、党の中央委員としても長く役割を果たされました。
戦争の苦難も経験して94年、先日28日に激動の人生の幕を閉じられました。
私にとっては、外尾さんが役職を退いてからお世話になってきたため、当時の様子を直接にはわかりません。しかし、国政選挙にも挑戦して信頼も厚かった外尾さんの活躍は、至るところで耳にしました。
今と違う時代だからこその困難や政治的高揚があった中で、どのような思いで活動されてきたのでしょうか。そう思うと外尾さんからもっと話を聞けばよかったと、いま後悔の念に駆られます。
今日の私の1回1回の演説も、歴史を前に進める力となっているだろうか。謙遜や疑問という意味でなく、先輩たちの生き方から学んで、1日1日を大切にしていきたい。どんな時代も「国民の苦難軽減」という日本共産党の根本には変わりなし。恥じない活動をと誓った1日でした。
【今日の句】時代とは 誰かが決める ものじゃなく
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