2011年10月16日日曜日

夕張の歴史を受け止めて

 朝に夕張市に向かう車中‥‥ものすごい雨! 収穫されたばかりのタマネギ畑に冠水している様子を見ながら、会場に向かいました。

 今日10月16日は北炭新鉱大災害が起きた日。

 ちょうど30年目の節目の年ということで、実行委員会がつくられ集会と学習会が組まれたのです。

 あいさつすることもあり、時間を取って歴史を調べました。

 事故の3ヶ月前に坑内に入り、炭鉱労働者とも懇談していた日本共産党議員団。

 「ガス警報機が鳴っても作業を続けさせられている」と告発があり、北炭に保安対策を申し入れたところ逆に抗議された記録が残っています。

 しかし現実は、心配していたそのガス突出事故により93人もの方が死亡・行方不明となりました。

 再度の抗議に北炭はようやく陳謝したのですが、本当に謝るべきは労働者とその家族。

 当時の写真で、子どもが泣きじゃくっている姿に胸が詰まる思いでした。 
 犠牲となった中には、当時の党夕張市議だった田口睦夫さんも含まれていました。

 いつも現場の声を代弁し、保安対策や労働条件の改善の先頭に立ってきた方でした。

 その遺志を継ぎ、地元党員・党組織の奮闘が始まります。

 こういう歴史を経て、今の私達の活動の到達点があります。

 結局、労働者・国民を守らずに利益ばかりを追い求めれば、多大な被害を及ぼすことは歴史が証明してきたわけです。

 現実に戻れば、大企業を中心に同じことが繰り返され、それを後押しする野田政権。

 亡くなった方やご遺族の無念さを胸に、そして田口さんの遺志を継ぎ、何としてもがんばらないと。

 夕張であいさつを済ませた後は札幌市清田区での党後援会のまつり、建交労道本部大会での来賓あいさつなどに回りました。

  【今日の句】 サイレンを 忘れじ生きる 紅葉山

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