2016年8月25日木曜日

台風被害の深刻さ広がる

 台風被害調査で日高町の富川・厚賀、新ひだか町では町役場と真沼津川へ、途中ではJR日高線の土砂崩落現場も立ち寄りました。

まずは写真でも被害の大きさがわかるでしょうか、JR日高線。

 復旧方針も決まらないなかで新たな災害を受けたわけですが、復旧が早く進んでいたら、今よりは対応できたかもしれません。

 石北線の復旧もあるし、JR北海道の経営の厳しさから見れば、国が黙って見過ごす時ではないと思います。

 新ひだか町では副町長さんが対応してくださいましたが、煮え切らないJRの態度に怒りに似た声が広がっているとか。

 お会いできませんでしたが、JR日高線を守る会からは「86年の参議院での付帯決議(災害時の予算措置)を今回こそ履行されるべき」などの要望もいただきました。

 厚賀地域では、線路を覆った土砂が水産加工会社を直撃し、すでに泥出しなどは済んだものの大型冷蔵庫が3つダメになったとか。

 「従業員10人が片付けてくれましたが、今後の見通しが見えてこない。どのような形でもいいから支援を」との要望を伺いました。

 社長さんが、ちょうど隣家へ行った時に土砂が流れ込んだそうで「もしかしたら私の命はなかったかもしれません」と話されたのが心にずしりときました。

 前後しますが、トマトを作っている農家ではハウス30棟のうち8棟に浸水。

 まだ周りでは水も引かず、幸いトマトの実への影響が少なかったため防除に汗を流されていたときでした。

 排水路の改修など具体的な要望とともに、後継ぎの息子さんもいることから「若い人たちが安定的に経営できるようにすることが一番」と、今の農政への注文もお聞きしました。

 「避難しているうちに、こんなにえぐられていてビックリした」と話されたのは、富川での高齢の女性。

 家の中まで浸水しなかったのは幸いでしたが、また来るかもしれない大雨を心配されていました。

 新ひだか町では道営団地が浸水したため、町が公営住宅を「仮の宿」で提供するなどの対策も取られていました。

 安心して眠れる場所を――被災された方は避難や片付けなどで心身ともにクタクタとなっているので、地方自治体が支えになってほしいと思いました。

 それを財政面などから支える国の役割を求めていきたい。

 明日は、いったん私は東京での用事がありますが、紙智子参議院議員が上川管内を調査し、明後日は合流して北見管内を回ります。

 それにしても明日からも雨の予報で、もう降るのやめて!と言いたい気持ちです。

 【今日の句】 ゆっくりと 眠れる夜を 送れるよう

2016年8月24日水曜日

道内各地から被害状況が寄せられて--

 北海道へ戻り、台風被害の把握と対策を進めています。明日は日高管内へ、明後日には紙智子参議も上川管内に向かいます。

 さらに北見管内での調査も予定していますが、とにかく広い北海道だけに全体の把握には時間がかかります。

 党北海道委員会は台風被害対策本部を立ち上げ、私が本部長となり、党道議団と森つねと国政相談室長が副本部長などの体制です。

 党地区委員会や地方議員から被害状況が寄せられていますが、例えば--

 ●倉沼川が氾濫し、田んぼ及び住宅に流出。町では倉沼川の改良と橋の架け替えを要望していた(東川町)

 ●商品・修理機械・工具などが水没。保険に入っていないため営業再開ができるか見通しがたたない(歌志内市)

 ●市街を通る川が氾濫し、一部で床下浸水。西川地区でも氾濫し、牧場への浸水被害がかなりある(新ひだか町)

 ●道路の法面が崩れて、菜種播種作業に影響があると農家から連絡(滝川市)

 など一例で、被害調査が進行中のため全容把握はなお時間がかかります。

 真下紀子道議からは辺別川橋梁の崩落について詳しい報告もあり、道内の至るところで生活・交通・産業への被害が出ていることを痛感。

 午後にJR北海道が記者会見をおこない、石北線で土砂崩れなどにより旭川-遠軽間が「月単位」での復旧が見込まれると発表されました。

 日高線でも、清畠-厚賀間で土砂崩れが発生しており、これまでの不通区間の復旧にさらに時間がかかる見通しです。

 北海道新聞の取材に、新ひだか町・酒井芳秀町長は「そもそも必要な安全対策や修繕をおこなってこなかったことが、日高線不通につながった」と指摘していましたが、これまでの不十分な保線作業が被害を拡大していると私も思います。

 昨日は農水省にも話をして、十勝管内から要望されたシカ防護柵の緊急設置について、今ある交付金の残金を使える旨を確認して現地と連絡を取り合うなどしてきましたが、引き続き要望を反映させていきたい。

 JRについて言えば、石北線は貨物列車の運行にとっても重要な路線であり、どうしても国の支援を強めて復旧を急ぐ必要があると思います。

 イタリアやミャンマーでは地震被害が起きていて、自然の猛威を痛感するばかり。

 週末にかけて雨の予報といいますから、新たな災害にも気をつけなければいけません。

 各党・議員も調査に回っているようですが、支援や復旧には与野党を問わず力を合わせたいもの。

 私も明日は日高管内の要望を、しっかり受け止めてきます。

 【今日の句】 どの町も 暮らしの土台 守るため

2016年8月22日月曜日

あらためて、大きな被害がないように

 少しブログ更新に日が経ってしまいました。台風被害調査、TPP全国共同集会、札幌東区での党創立記念集会‥‥また台風被害が心配です。

 北海道庁ホームページ(こちら)など、各自治体での情報を注意されてください。

 今は東京にいるのですが、先ほども北海道東京事務所からも被害状況等まとめが届きました。

 まだ台風7号の被害状況も、農地を含めて精査中のさなかに相次ぐ台風。

 政治の力で台風を止めることはできませんが、被害を最小に、支援は最大にとできることはあります。

 各行政区の職員、消防・警察の職員なども休まず警戒中だと思いますが、お気をつけください。

 大きな被害が出ませぬよう‥‥。

 ほとんど試合を見る時間もなかったのですが、高校野球は北海高校の大健闘!

 同じくニュース程度でしか見られなかったオリンピックも、日本はもちろん、各国の選手も本当にすばらしい。

 この後パラリンピックもありますので、持てる限りの力を発揮してほしいですね。

 【今日の句】 本当は 恵みの雨だけ 望みたい

2016年8月19日金曜日

台風7号被害調査

 台風7号被害のお見舞いと調査に、福島県から北海道十勝地方へ飛びました。どこでも「こんな水害は初めて」との声が‥‥。

 行った先は足寄町・本別町で、日も暮れたためデントコーンが倒伏した畑は見れませんでしたが士幌町にも。

 順不同に書いていきますが、テレビでは足寄町旭町地域の浸水が報道されていたため、町役場の実態をお聞きしてから旭町へ。

 正確な戸数はこれからとのことでしたが、床上浸水30戸・床下浸水15戸ほどだとか。

 どこでも家の泥出しをおこなっていて、泥だらけの家具や畳などが家の前に積み上げられています。

 泥の跡がある庭木を見ると、大人のお腹くらいまでの浸水だったのでしょうか。

 旭町地域は、足寄川と利別川が合流する地点にあります。

当日は利別川の水流が強く、足寄川から合流するはずの水が合流できず、水かさが増して堤防を越えたとのこと。

 下流には電源開発の水力発電用ダムもあり、その放流の仕方が適切だったのかも検討が必要かもしれません。
過去にも水害があった地域とのことで、河川改修なども進めてきた矢先に「こんな水害は初めて」というほどの被害となってしまいました。

 昨日の今日なので片づけに懸命で、具体的な要望はこれから、という状況。

 町では見舞金制度がありますが、かなり昔の規定のため金額も十分ではなく、見直しを検討するようです。

 これから具体的な要求もハッキリしてくるでしょうから、地元議員と連携しながら私も国に働きかけたい。


 本別町では、東本別地域に入りました。

 「義経の里」もある本別公園より、さらに山に入っていくのですが、道路脇に20~30cmもの土砂が堆積しています。

 緩い地盤ということで、国有林から山崩れが起きていたとのこと。


 家屋への浸水などはなかったのですが、家を直撃していれば命にもかかわっただろう巨大な岩もゴロンと転がっていました。

重機が入って泥と倒木を肩に寄せて、さらに先を行くと農家の集落があります。

 ここでもビックリ、山崩れで豆畑一面に泥と倒木が押し寄せているではないですか。

 共済には入っているとのことですが収穫は絶望的で、せめて残っている畑での収穫を、と。

 「このあたりはシカが多く、柵もかさ上げしてきたところ。クマだって出る。せっかく残ったものもシカなどに食べられたら困るので、緊急にシカ柵をつくらなければ」との切実な話を聞き、私も力を尽くすことを約束しました。


 被害の全容は今後さらに明らかになるでしょうから、農業分野でもしっかり実態を反映させたい。

 本別町役場で高橋正夫町長にもお会いしたのですが、シカ柵は本別町が始まりだという歴史もあり、国の林野行政に対する意見と合わせて早いシカ柵設置の要望もうかがいました。

足寄町の酪農家では、停電が続いたため搾乳できず、牛の乳房炎が心配だといいます。

 しかし、経営にどのような影響があるかは「わからない」。

 多くの農家には発電機はあるのですが、今回は時間も長かったため新しい発電機を購入しようにも150万円かかり、補助があっても二の足を踏むといいます。

 「国の支援は、いつも使い勝手が悪い」と、厳しい要件などがつくことへの注文も。

 災害が起きると、これまでの政策の矛盾が噴き出すことがよくあります。

 政府が進める大規模化は、災害が起きれば被害額も大きくなるし、生産量にも影響が大きくなります。

 くらしの面でも、地域の基幹産業である農林業に対しても、しっかり政府へ支援を訴えます。

 天気予報を見ると、また明日以降から大雨や台風接近の予報!

 さらなる浸水や土砂崩れ、農業被害などが心配です。

 こう立て続けに北海道で大雨・台風が猛威を振るうことも珍しい。

 気候変動の影響か‥‥と思うと、この点でも政治の力の発揮が求められていると痛感します。

 書き落としていましたが、先日は党国会議員団の一員として福島県調査にも行っていました。

 こちらは原発事故の避難解除にともなう問題での聞き取りが中心だったのですが、これはまたの機会にまとめることにします。

 【今日の句】 実態を 伝える責任 ひしひしと

2016年8月17日水曜日

大きな被害がないよう

 先ほど襟裳岬付近に台風7号が上陸し、札幌市でも避難準備勧告が出された地域が。各地での被害が心配されます。外出は控えて!

 北海道の防災情報はこちらで見ることができます。

 「自分のところは大丈夫」と思わずに、各自治体からの勧告や情報など注意してほしいです。

 農家・漁師でも必要な対策を進めていることでしょうが、大きな被害がないことを願うばかり。

 先日、宮城県へ帰省したときも昨年に水害が発生した渋井川近辺を走ったのですが、ふだんは水もあまり流れていないような小さな川なんですよね。

 地球上での自然災害は避けられないとはいえ、それを最小化したり、被害が起きれば十分な支援をおこなうのが政治の仕事。

 私も役割を果たしたい。

 さて、オリンピック同様に熱くて暑い高校野球ですが、北海高校が22年ぶりのベスト8進出!

 地元を心配している高校生もいるでしょうが、持てる力を最後まで発揮してほしいと願っています。

 【今日の句】 自分だけ 大丈夫とは 思わずに

2016年8月15日月曜日

今こそ憲法を生かす道を

 終戦71周年。平岡大介札幌市議・紙智子参議と平和の願いを込めて、札幌市内で街頭演説をおこないました。

 軍国主義時代の日本が進めた侵略戦争と植民地支配のもとで、アジア・太平洋地域で2000万人以上、日本国民だけでも310万人もの命が失われました。

 哀悼の意を表するとともに、この反省にたって、憲法9条を生かした日本をつくるための決意をあらためて街頭から述べました。

 昨年来の安保法制=戦争法の問題とともに、9条を本丸とした安倍首相による改憲の動きへ立ち向かう1年となります。

 政府が言う「現実的脅威」を理由に軍備増強や9条改憲へ進むとなれば、緊張と軍拡競争がエスカレートしかねません。

 まして安保法制が発動されれば、武力行使の範囲が可能になったわけですから、日本の自衛隊が戦闘に加わることも十分にありえます。

 アジアの緊張関係を解決するには、日本自身で言えば侵略戦争と植民地支配への反省を土台にしつつ、一方的な法に反する事態は批判しつつも、外交関係を戦略的に強めていくことが必要だと思います。

 たびたびブログでもASEANを例に出してはきましたが、戦略的な行動規範を結ぶなかで紛争・戦争にはしないという努力が重ねられています。

 日本政府が何もやっていないと言うつもりはありませんが、友好と信頼の醸成への努力を強めてほしい。

 9条改憲や、侵略戦争を正当化することになる靖国神社参拝を閣僚がおこなうなど逆行そのものです。

 多くの犠牲のうえに成り立った平和国家として歩みを続けてきた日本を、ここで方向を変えさせてはなりません。

 【今日の句】 戦争の 反省ぬきに 未来なし

2016年8月14日日曜日

時の流れの早さ

 懐かしい高校時代の仲間との同窓会と、親戚にも久しぶりに会うことができた2日間。英気を養って北海道へ先ほど戻りました。

 毎年この時期におこなう、わが母校・宮城県石巻高校=鰐稜(がくりょう)の同窓会。

 これまで北海道にいることなども理由に参加していなかったのですが、今年は主管学年(幹事)ということもあり石巻へ駆けつけました。

 1年間かけて準備や連絡をしてきた、同級生のがんばりに頭が下がります。本当におつかれさまでした。

 さかのぼった大先輩から、昨年の卒業生まで声がかかるようにするのですから、その準備たるや。

 ちなみに作家の辺見庸さんや俳優の中村雅俊さん、現・亀山紘石巻市長、現・須田善明女川町長、民進党・安住淳衆議院議員らが石巻高校の卒業で、懇親会には亀山市長さん・安住議員も参加していました。

 男子校だった石巻高校も、共学化してから学校施設なども改修されたと聞きました。

 しかし、校舎は変われど思い出は変わらず。

 特に応援歌などは、石高生としては特別の思い入れがあるのです。

 特に目立った高校生でもなかった私ですが、会えば当時を思い出す仲間たちがいて、変わらぬ声をかけてくれたことが本当にうれしい。

 親戚とも会う時間をつくり、特に同年代のいとこ達とも久しぶりに会って楽しい時間を過ごしました。

 私の父の実家は宮城県加美町(旧小野田町)なのですが、写真のような放射性廃棄物最終処分場建設反対ののぼりが各地に連なっていました。

 住民の合意なく進めることなどあってはいけないわけで、何より「核のゴミ」処分方法についての科学的見地と議論だって煮詰まっているとは言えません。

 急がれているのは福島原発事故の収束なのですから、英知を結集した体制充実こそ優先すべきだと思います。

 いとこ同士で子どものころは、そんなことを考えもせずに遊んでいたのが懐かしい。

 次の世代に社会を引き継ぐために、政治の話を遠慮なく話しあえるようになったことも時の流れ。

 明日は71回目の終戦記念日です。

 【今日の句】 あの頃の 私はもっと ほっそりと