2018年9月29日土曜日

これ以上の被害にならないように

 知事選投票日を前にした沖縄での台風被害、インドネシアでは地震・津波で多くの犠牲との報に、気が気でありません。台風は今後、本州から北海道へと進む予想になっています。ぜひとも、お気をつけください。

 これまでも自然災害に対しては、目を向けてきたつもりでした。実際に北海道で大地震を経験した今は、その目の向け方も違ってきているように自分で思います。テレビに映る家の人はどこに逃げたのだろうか、家族と会えたのだろうか、高齢の方・障害を持った方の避難は‥‥など、具体的に考えが巡ります。これ以上の大きな被害にならないことを、心から願わずにいられません。

 救援・復旧活動とともに党独自の活動にと、今日は札幌市清田区で入党や「しんぶん赤旗」のおすすめにまわりました。吉岡ひろ子市議予定候補とは3日連続の行動で「今日も会いましたね」と、お互いに笑いながらスタート。少し汗ばむ陽気のなか、支持者や後援会員さんをまわりました。

 いちばん印象深かったのは、事務所に来てくださった読者の方との話でした。吉岡さんに話したいことがあるとのことで、せっかくなので私も同席しました。お話は「早く安倍政権を倒したい」と、ウソやごまかしの答弁などへの憤りが中心でした。ウンウンそうだそうだ、と私たちも応じました。とにかく変えたい、スピード感もって共産党もがんばってくれという激励もいただきました。

 私からも、安倍政権への怒りや批判とともに、新しい政治を思いっきり打ち出していきたいと述べました。低賃金や不安定雇用、社会保障の削減で貧困が広がっています。自己責任でなく、政治のあり方を変えようと訴えたい。米国で社会主義を名乗る若者たちが旋風を起こしていることも紹介すると、しんぶん赤旗の日刊紙をお読みいただくこととなりました。

 事務所に戻って仕事をしていると、また地震がグラッとありました。ドキッとしました。小さな震度でも、これだけ続くと気持ちも落ち着かなくなるものですね。つながりあって励ましあって、超えていきましょう。

 【今日の句】どうしても 嵐を越えて デニーさん

2018年9月28日金曜日

北海道電力と知事への不満が次々

 昨日の交渉結果を清田区へ報告に行った後、中央区での「つどい」などへ。やっぱり地震・大停電が話題の中心でした。

 家の被害や崩れた土砂の撤去費用などで、個人の持ち出し分を少しでも軽くできないかと話し合いました。党清田区委員会は、札幌市へ今日、要請もおこなっています。結果を返しながら、少しでも前へ進めるように力を尽くします。全道で全壊世帯が100戸を超えたことから被災者生活再建支援制度も全道が対象となりましたし、義援金も赤十字社で1回目の配分額も決まったようです。いろんな形で被災者を支えなければならないです。

 森つねと道議予定候補もいっしょに参加した「つどい」では「停電のときに、中高生が(上の階まで)水を運んでくれたマンションがあった」ことからコミュニティの大事さが話題に。もちろん北電が大停電を引き起こしたことは「前代未聞のことだ。発電先を分散させることが必要だとわかっていたのではないのか」と批判が出されました。高橋知事が、厚真火力発電所の耐震設計が震度5相当だったことを知らなかったことにも驚きの声があがりました。

 子育て中のお母さんからは「3.11の時に東京にいて(原発事故が心配で)その後に北海道に来たんです。それなのに泊原発も非常用電源で(使用済み核燃料を)冷やすことになるなんて」と驚いた様子。停止中といえ、使用済み核燃料は冷やし続けなければなりません。北電や国は「非常用電源があったから大丈夫」と言うのでしょうが、外部電源が遮断した事実は大きい。これだけのリスクがあることを再認識すべきではないでしょうか。

 私からは、厚真町など被害の大きい地域をまわった話とともに、日本共産党は被災者・住民と力をあわせて被災者生活再建支援制度を切り開いてきた歴史も紹介しました。まだまだ国の制度としては十分と言えないだけに、北海道でも実態を、さらに国へ突きつけなければいけないと思っています。

 夜は道庁前の反原発抗議行動へ。ここでも大停電のことが次々とスピーチされ、私も昼の話を含めて一言。大停電をテコに泊原発再稼働を狙っているなら許されない!と、参加されていた方は誰もが感じているはずです。

 【今日の句】原発はすでに 経営リスクでしょ  

2018年9月27日木曜日

復旧・再建へ政府要請

 地震被害についての政府交渉やヒアリングを紙智子参院議員にセットしてもらい、いっぱいの声や要求を政府へ反映させました。1つでも前進させていきたい。

 私のほかに北海道からは、太田秀子札幌市議・吉岡ひろ子札幌市議予定候補・北村修むかわ町議が参加。国会からは紙智子参院議員に加えて、岩渕友参院議員の秘書が同席しました(岩渕議員は、国会の海外視察中なのです)。

政務三役への要請では、内閣府の山下雄平政務官に対応いただきました。吉岡さんは清田区里塚の写真も持参し、住民の生活や住宅の支援、市とともに復興へ向けて力を発揮してほしいと訴えました。太田市議は新しい住宅に移るだけのお金もない方がいる実態を、北村町議は灌漑施設が壊れて来年の営農に不安が広がっている状況を訴えました。

 私からも、厳しい寒さを迎える前に住宅が確保されるよう国としても力を発揮してほしいことを中心に訴えました。山下政務官は「早く激甚災害指定できるようにしたい。希望に応えられるように努力する」と応じました。紙議員からも、重ねて支援の強化について触れられました。

 その後は各省に対してヒアリングや要請をおこないました。内閣府には、くらし・住宅関係です。みなしも含めた応急仮設住宅について「スピード感もって供給できるようにしたい」と答弁があり、札幌東区で避難所が閉鎖された問題では太田市議から「じゅうぶんな説明が尽くされないまま、住宅の確保も苦労する方が残されている」と実態を告発。党としても札幌市にも訴えていくものの、このようなやり方について国としても把握をと求めました。

 国土交通省には、復旧事業や観光振興について。吉岡さんは、清田地域で民有地の土砂撤去が市民負担にされている実態を訴えました。国交省や環境省に、民有地でも市町村の事業として撤去することへの補助事業があり、清田のケースでも適応できる可能性があることも確認しました。この点も札幌市へ迫っていきたいです。

 農林水産省は、農業などへの被害に対する支援について。北村町議から、収穫時期だけに応急処理をしながら作業している農家の現状や、共同施設も建築年数にとらわれず支援してほしいことなどを強調しました。農水省からは「一定の要件はあるが現場で相談したい」との答弁でもあり、関係機関などと連携して前進させたい。酪農家の生乳廃棄への支援策については、紙議員と私からも「ホクレンが実施する見込みなのだから、国もいっしょに支援を」とくりかえし強調しました。

 最後に経産省には、中小企業支援と北電による全域停電の検証について求めました。グループ補助金を今回の地震でも実施することや、西日本豪雨で始まった小規模事業者に対する事業(被災地域販路開拓支援事業)を北海道でもと私から求めました。いずれも検討するとの旨で、さらに北海道からの声を大きくする必要があります。

 北電の全域停電については「検証をスピード感もって進める」との答弁に、国の責任も含めて問うたことには「事実関係を把握することが最優先」と応じました。北電の大規模一極集中は国としても知っていたことなのですから、道民からの批判も受け止めて供給源の分散に国としても役割を発揮すべきことを求めました。もちろん、この機に乗じて泊原発の再稼働など認められません。

 限られた時間で、できる限りの声を反映させました。なお残った要望や制度の改善や充実が必要な問題もあるし、国会と連携して改善などへ進めたいです。北海道でも声を大きくして、国会論戦と結んで切り開きたいと思います。結果を知らせるチラシも、大急ぎでつくらなければ。被災地での不安を、少しでも解消できるようにと明日からまたがんばります。

 ただいま北海道へ戻る飛行機のなかで、このブログを書き終えました。機内Wi-Fiがあることで本当に助かります。

 【今日の句】限られた 時間がとても 身に染みる

2018年9月26日水曜日

あっという間の3週間

 今日は日高町へ義援金をお届けに行きました。計算したら、地震発生の日から移動距離が2000kmを超えました。運転するスタッフに感謝です。

 2000kmというのは、直線距離では北海道・知床から種子島まで、高速道路でも青森から鹿児島までのようなので、ほぼ日本を縦断したこととなります。移動しながら電話で状況を聞いたり、行く場所を特定していったりと、あっという間の3週間でした。この間の聞いた声や実態を携えて、明日は上京して政府交渉をおこないます。
 さて日高町には、菊地日出夫・真壁悦夫の両町議(菊地さんは党日高地区の委員長でもあります)とでうかがいました。大鷹千秋町長に「全国からの募金をお届けに来ました」と目録を手渡しました。

 14日に来たときは町営球場のがけ崩れが心配で避難指示が出されていましたが、照明塔やフェンスなど90トン分(!)を撤去することで負荷を減らして避難指示を解除されました。水道も復旧し、今は隣町むかわ町へ職員を派遣し始めています。とはいえ半壊家屋が多い日高町で、大鷹町長さんからは「被災者生活再建支援法や災害救助法を、使い勝手良くしてほしい」との要望もうかがいました。

 JR北海道が、日高本線は国の支援も受けて鵡川までを復旧することも話題になり「そもそも3年前の被災が、日高本線が止まった理由でした」とも述べられました。そうなんです、地震による被災を復旧するのなら、高波による被災を復旧する理由はないのです。国に反映させますと、私からも述べました。

 札幌に戻り、道原発連のチェルノブイリデー宣伝にも参加しました。30分で40人もの方が、泊原発再稼働反対の署名に応じてくれました。とても関心が高いのは、やっぱり大停電を経験したからだと思います。これを機に原発再稼働というのはまったく逆で、厚真火力発電にしても泊原発にしても一極集中型の発電ではリスクが大きいことを、多くの方が気づいています。進めるべきは原発再稼働ではなく、電力供給減を分散化していくことです。

 私からは、高橋はるみ知事が厚真火力発電所の耐震について、震度5相当でしかなかったことを知らなかった答弁について触れました。多くの道民が知らなかった事実と、道庁で知らなかった事実というのは重大さが違います。何かにつけ国の基準などを持ち出す高橋知事ですが、道として主体的に掌握することに後ろ向きだったのではないでしょうか。

 バタバタしながら準備して、明日は東京へ向かいます。

 【今日の句】秋空を 楽しむ余裕も 少しずつ

2018年9月25日火曜日

災害支援策は一夜にしてならず

 明後日27日に、地震災害に対する国の支援強化を求めて政府交渉をおこないます。準備を急いだ1日となりました。

 準備をしながら、これまで国会で聞いてきた「言葉の意味」を、つくづく理解できるようになりました。東日本大震災復興特別委員会にいた当時は現状と制度を追いかけるままに調査や質問をしていたのですが、この制度がどのようにできたのか、国が出してる通知に込められている意味は何か、などに「なるほど」と理解している毎日なのです。

 朝の宣伝も、自民党総裁選の結果や沖縄知事選も大事なので触れはしますが、やっぱり震災がらみの話が多くなります。誰もが心のスミで、被災地の苦労が早く解決されるようにと願っているはずです。もしかしたら親戚や友人が、そのような境地に立たされている方もいるかもしれない。そう思いながら、住宅再建や生活支援の仕組みを話し、それでも足りないことは政治の力で解決しようと呼びかけました。

 災害支援策は一夜にしてならず。これまでの積み重ねがあったから、今の制度があったわけです。制度を最大限活用することは、制度の充実や狭間に置かれる現実を解決することにもつながっていきます。

 明日は日高町へ、党中央委員会から託された義援金を届けに行ってきます!

 【今日の句】今宵こそ 満月なのに あの雲は

2018年9月24日月曜日

しっかり橋渡しの役割を

 厚真町・安平町・むかわ町へ、党町議から実態や要望を聞いてまわりました。政府交渉で反映させることが目的です。

 地震が起きてから厚真町には5度目、安平町・むかわ町にも4度目となりました。これまでは町役場や避難所から直接の話を聞いてきましたが、町民の話を一番聞いている町議から、じっくり話を聞く時間を取れないできました。いろんな苦労と合わせて聞くために3町を訪れました。
  
 厚真町・伊藤富志夫町議は、自分でまとめた資料や写真まで準備してくれていました。自宅には生活用水は通っているものの、飲料水は給水車や支給された水を使っているとのこと。まだ自宅の片付けも途中ですが、これまで町民150軒以上まわったそうです。

 ある農家では、片付けや牛などの世話も欠かすことができず、罹災証明を申請することができず、伊藤町議から伝えたら「誰も説明してくれない」と話していたそうです。また住宅の不安や要望が増えていて、特に専門家の判定が欲しいとの声が強まっています。いろんな制度の考え方について私から伊藤町議にも伝えて、具体的なニーズに応えた活動を進めていこうと話し合いました。

 仮設住宅の説明会も始まりましたが、それまで待てずに民間住宅を借りたい家族や親せき宅に同居する決断をする方もいます。日々ニーズや状況が変わっていくのです。半壊や一部損壊の家でも、なかなか決断しにくいものです。緊急・応急の対策とともに、息の長い支援が必要になります。今ある制度も熟知して、お1人お1人の相談に乗れるようにしていきたいと思っています。

 むかわ町では、北村修・大松紀美子・舞良喜久の町議が集まってくださいました。北村町議は農作業も中断していて、この間はお手伝いの力も借りて収穫してきたそう。支部の方から、おいしいカボチャの煮物やミニトマトまで用意していただいて、本来なら収穫を喜ぶ秋になっていたはずなのにな、と思いました。

 むかわ町でも、よく出される不安は今後の住宅。穂別地区では、子どもを頼って町外へ行く人も増えているそうです。応急仮設住宅も25戸(第1期分)なので、みなし仮設なども必要ですが、むかわ町に民間アパートなども多くはありません。古い町営住宅の修繕や、教員住宅なども活用できないかとの意見もありました。役場からの情報も広報や災害FMなど始めていますが、まだ十分に行き届いていない実態もあるといいます。党町議が、その橋渡しなどもおこなっていました。

 町民の大事なスーパーとして「Aコープ・セレス店」が国道沿いにあるのですが、実は店内も損傷があり、農協としても復旧する予算をどうするか悩みとなっていました。生産現場を手厚く支援したい思いもあると聞きましたが、セレスの復旧を決めたそうです。それなら生産現場を支えるだけの厚い支援を国としておこなうよう、政府交渉でも強く訴えたいと思いました。

 安平町では、三浦恵美子町議と党支部で100軒以上をまわっていました。その聞いた声を1枚1枚、忙しい合間をぬって、きちんと記録・保管もしているのです。断水が続く安平町ですが農家が多くいる地域の復旧が遅れていて、しばらくの間1回しか給水車が回らなかった地域もあったとのことで、三浦町議がすぐ町に連絡して給水車が回るようになったそうです。防災無線では高齢者が聞き取りにくいこともあり、党の宣伝カーを走らせてお知らせすることも取り組んできていました。

 3町に共通することですが、高齢者が多いために罹災証明の申請1つするのにも「難しい」「よくわからない」などの声があります。家の片付けはボランティアの力もあって進んできていますが、住宅にかかわることは制度を知ってる専門家や地方議員などの力は必要になることもあります。また他の町と違い安平町は、町がおこなう全戸調査の後に罹災証明の申請を受け付ける(月内が目標とのことです)ので、今のうちに記録をとっていることも大切で三浦町議もお手伝いしています。あらためて私からもさまざまな制度の特徴や使い方なども伝えて、お1人お1人の要望に応えられるようにしていくことを確認しあいました。

 ここに書いたことは、ほんの一部です。道路や公共施設の復旧、農家への支援、専門家派遣の体制などなど、現地でも見通しをもって活動できるようにと、国へ反映することと党自身がとりくむことなどを整理したつもりです。私も住民のみなさんから直接に要望を聞きますが、何より地元の議員と党支部が中核となります。定期的に足を運んで、現地でも1つ2つと実現できるようにしたいし、道や国への橋渡しもしていきたい。地に足つけた支援を進めなければと痛感する毎日です。

 【今日の句】名月に 明日の平穏 祈る夜